16日午前4時過ぎ、従業員の1人から携帯電話で助けを求められました。彼はパニックを起こしていて、何を言っているか、何が起きたのか、まったく分からなかった。とにかく言われた交番に駆けつけましたが、夫はいない。状況がのみ込めないまま、英語ができない警察官との間に立って従業員2人の話を通訳しました。少し離れた場所で若い男女が暴れたり、暴言を吐いていて、怖かった。
夫は病院へ運ばれたと聞いたのですが、警察無線で心肺停止、という声が聞こえ、その後の記憶はほとんどありません。あの日夫は、2日前の朝に出たぎっくり腰のような症状が残っていて、ゆっくりとしか歩けなかった。逃げられず、抵抗できなかったのも体調が悪かったからではないかと思う。それなのに、従業員2人を守らなければという責任感で現場に残ったのか……「どうしてなの」と聞けるなら聞きたい。
葬儀は故郷のネパールで営みました。6~7年前、ふとした会話の流れで「僕が死んだらカトマンズに送ってガンジスに帰してね」と言われたことを覚えていて、せめてその望みはかなえなければ、と。予期しない形で現実になってしまった。葬儀は21日に聖地として知られるカトマンズのパシュパティナート寺院であり、遺灰は寺院前を流れるガンジス川支流に流されました。葬儀には記帳だけで500人の名前があったと聞き、夫は慕われていたのだと改めて悲しく思いました。
夫とは大学の卒業旅行でトレッキングを案内してもらって知り合い、2年後に結婚しました。尊敬できる人でした。
容疑者が全員逮捕されたことは、火葬の最中に実家から国際電話で知らされ、それだけは義父母にも報告できました。(容疑者には)今はまだ何も感情が湧いてきません。夫がいなくなってしまったことも、心の底から受け止められていません。なぜ死ななければならなかったのか、納得できる事実が知りたいのです。
<ネパール人暴行死>夫は無抵抗のまま命を奪われた (毎日新聞) - Yahoo!ニュース (via takaakik)(petapetaから)